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ひょっと覗いた部屋に壊れかけのベッドが一床。彼はその上に寝そべった。砂埃が派手に舞う。それと同時に遠くのほうに光が明滅するのが見えた。移動速度から見て自動車のようだ。見る間に近寄って来、やがて建物の前の空き地に停車した。
おそらく、
「肝試しか」
まったく酔狂なことだと彼は思う。
遊びで、好き好んでここのような場所を訪れるとは。
無目的にズボンのポケットを漁り続けていると奥の奥にシケモクが挟まっていた。彼はそれを引っ張り出し、拾った百円ライターでさも大事そうに火を点けた。
どうやら肝試しは建物侵入後上の階に向かったらしい。
寂とした廃墟では靴音は矢鱈に響き、なにも見ずとも音の主がどのあたりにいるかが知れる。
彼は少し意識して靴音に集中した。
ひとりか。
ますます変わっている。
なんでもいいがこの部屋には来るなと、彼は伸びをした。月明かりの届かぬこの部屋で唯一灯る煙草の火種は、まるで蛍火の如く。鎖骨あたりについた眼球のひとつで自らの口から生えた蛍の明かりを眺めながら、彼は今後のことをつらつらと考えた。
親父を探し出して自分の来し方を知り母の死因を聞き、その後。
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