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小走りに立ち去った壁の背を、はだけた襟元に隠されたひとつで見送った後、リョウは外国車の頑丈そうなボンネットに腰掛けて煙草をふかした。
蒸した外気。
青々と染まる盛夏の蒼穹に紫煙を散らし、次にあの影と対峙した場合どうするのが良策かと思案する。真っ向勝負で敵う相手ではないことは十分過ぎるほどわかった。
力も技術も向こうが上。
果たしてリョウが構太刀より勝っているのは。
「あ」
リョウは気付いた。
「おおい」
壁が紙袋を抱えて戻ってきた。
紙袋の中にはパンと牛乳そして沢山の缶詰が入っていた。リョウは缶切りはあるのかと問い掛けて、またも壁に笑われた。
「今はもう缶切り使う缶詰めのほうが少ないんだ」
ジャガーを裏路地に停め直して、リョウと壁は大学病院から強奪してきた大きな袋を貸事務所が入った古ビルの裏口から運び入れた。場所はビル内四階。エレベーターはなし。これは骨が折れる。
「さあ教えてくれ、この死体をどうするんだ」
常に携帯しているという練り山葵を大事そうに懐にしまいながら、壁は尋ねた。
さあてなあ。上着を脱ぎ、腕組みをして窓から外を眺めていたリョウは、
「あの構太刀はタミコを母親にするとか云ってたよな」
小声ながらも滑舌良くそう云った。
壁も気持ち小声になって、カマエタチってなんだっけと聞いた。
「あの、でけえ刀振り回してた影だよ」
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