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頭の隅から、行ってどうする関わるなと声がするが、その声とは裏腹に躯は小躍りをするように躍動していた。
物音は静まり、病院はもとの静寂に包まれていたが、先ほどの悲鳴の残滓は未だ、コンクリートが剥落した壁だの、隆起しまともに歩けぬリノリウムの床だのに残っている。
走ってどうする、見つけてどうする、どうせ俺の姿を見て更に怯えるだけだととにかく走った。
走り回ってわかったが、病院は地上二階の地下二階の四層になっている。あまり大きな建物ではないと彼は高をくくっていたが満遍なく走ればそれなりに広い。
なにも見つからなかった。
あれだけの大声だったが、気のせいか?
まあそれならそれで構わない。
「そうだ、構わない」
胸の底に蟠る未消化な思いに、彼は過去普通の人間によって舐めさせられ続けた辛酸の味を思い出し自分を納得させた。
そうだ、俺は自立できるようになるまでに、普通の人間たちによって散々な目に遭ってきたじゃないかと。正直一番嫌いな自己弁護法だが、心の平衡を保つには必要な作業でもある。
ああ構わないと彼は繰り返した。繰り返しつつ、結局は数ある眼球で上下左右あらゆる方向を見る。
異変を探す。
見つけてどうする?
「できることはやる」
できること?
「俺にはその力がある」
嫌いなんだろう?
「なにがだ」
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