二、火車

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二、火車

 関東では未だ酷夏の名残が色濃くあって、九月の半ばに不快な日が続いているそうだ。  その点矢張り東北は涼しい。  虫の声に夏の終わりは如実に表れていた。  日中に蝉の声は少なく、夕闇が迫った今はコオロギの声がうるさいくらいだ。  さすがに肌寒さを覚えて、トモは手に持った七分袖のカーディガンを羽織った。伸びをし、深呼吸をする。いい加減長時間の車移動に辟易していた。腰が痛い。  太平洋沿いの道を走っていた時はそれでも少しは楽しく思えていたが、やはりこの遠乗りの目的が自分の望む世界ではないということが、今の憂鬱に似た気分の最たる原因だろう。  彼女の名前は鳥辺トモ(とりべとも)。駆け出しの女優をしている。  駆け出しだから、選り好みはせず戴いた仕事は何でもこなそうと、そうは思っているが。  半月ほど前、トモは筆舌に尽くし難い体験をした。     
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