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親切の押し売り
目が覚めると、そこは病室だった。
こんな言い方をするとミステリーやサスペンス、はたまたSFの様だが、実際は殺人事件も起きていなければ、勿論誘拐も改造もされていない。
ただ、少し記憶があやふやで、なぜ病院のベッドの上に居るのかが思い出せない。
体に痛いところも怪我もないのだが。
それと──。
「あ、起きてて平気なの?」
病室に入ってくるこの娘。
花を変えてきたところか、花瓶を落とさないように抱えながら微笑みかけてくる。
「うん……」
曖昧にしか応えられないのは、霞み掛かった頭の中に、この娘の記憶が一切ないせいだ。
「無理しちゃダメだよ」
甲斐甲斐しく振る舞う彼女は、そうでなくても可愛らしいのだが、どうやら僕の恋人だったらしく、毎日決まった時間に顔を見せては僕の相手をしてくれる。
記憶の向こう側での彼女との日々を思い出せないのは少し口惜しいけど、それを悔しがるだけの余裕もあまりない。
何せ、覚えていないことが多すぎるのだ。
「あんな事があった後なんだから」
あんな事──。
どんな事だか、覚えていない。
彼女に尋ねてみても、「無理して思い出すことはないよ」と言われてしまう。
それでも彼女は、僕が大きな事故に巻き込まれた事を端的に教えてくれた。
その割にどこも痛くないのだが、「大変だったのよ」と呆れる彼女に、なんとなく納得する事しかできない。
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