彼の話

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それが何時しか『不快なもの全般』を現すための字として用いられるようになり、墓地に限らず人々の不快な者を全て『悪』と呼ぶようになった。 つまりこれから見てもわかるように、『悪』という字の持つ本来の形は、現代では殆どぼやけてしまって実体を見つめている人は少ない。ある種誤解された字であることを念頭に置いていただきたい。 善や良の成り立ちはこの物語にちっとも意味を成さないため省かせてもらう。 気になるならば個々に調べると良い。これだけ発展した現代だ、その気にさえなれば容易く諸君等が求める答えが見つけられるだろう。調べてみれば意外と善や良にも、華やかな世界と誤解されがちな隠れた苦悩や闇が、一見出来るかも知れない。 長い枕になってしまったが、私は読者に紹介したい男というのが一人在る。 そいつは宵に浮かぶ月のような存在だ。なくてはならない存在なのだが、当然のようにそこに在るので在ったところで誰にもそれを感心されない。 彼を差す名のようなものは此の世に多数在るものの、そのどれもが的確に彼を理解して名付けられたものではない。 故に彼は名を持たない。誰も彼の名を訊く者はいない。 読者の記憶にはまだ新しいだろう、人は一度「悪」と刷り込まれた者に対して「良」を見出そうとすることはない。 彼の場合、彼を指し示す悪の象徴たる名が沢山溢れていた。     
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