第3話:また明日会えるように

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「よく覚えていないけれど、なんとなくは分かるし、そうなんだって、今朝お母さんから聞いた」  思いのほか、彼女は落ち着いていた。 「よかったらなんだけど、今日の出来事をこのスケッチブックに書き残しておかないか?」 「えっと……」  美琴は戸惑いながらも、僕が差し出したスケッチブックを手に取る。 「前島……楓太」  互いに好きという感情を共有し合えた頃の美琴は存在しない。 「私もキミが好きだったのだと思うけれど、今の私にはそれがどういう感情だったのか分からない。ごめんなさい」  美琴が記憶と共に失ったのは、誰かに特別な想いを抱くと言う感情。 「謝ることなんかじゃない。そんな、全然気にしなくていいから」 「そこに、座って楓太」  僕は彼女が指差した先の椅子に腰かける。美琴は、床頭台の上に置いてあった鉛筆を取り出すと、スケッチブックに何かを書き始めた。 「何を書いているの?」 「動かないで」  そう言って黙々と鉛筆を動かしていた美琴は、やがて手を止めると、僕を見つめ 「キミの絵を描いている。また明日会えるように」 とつぶやいた。窓の外から吹き込んでくる海風が、美琴の前髪を静かに揺らしている。 ――また明日、会いたい人がいる。  美琴に気づかれないように、僕は頬を伝う涙をぬぐった。 「動いてはダメよ楓太」 ★     
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