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「私はキミとは一緒にいられない。どうしたって私は私じゃなくなるの。キミに辛い想い、これ以上させたくないよ。だからもう、お互いに忘れた方がいい。中途半端な記憶でつなぎとめられるほど、感情は単純じゃないのっ」
「感情は単純じゃないかもしれない。だけれど、誰かを想うのに複雑な理由なんかいらないだろっ」
「嫌って」
美琴はスケッチブックを掴んだ右手を高々とあげる。それは、これまで少しずつ積み重ねてきた僕らの物語、そして美琴にとって、僕という存在の全て。
「何してんだ」
「お願い、私を嫌って。こんな私をもう忘れてっ」
「そんなこと、そんなことできるわけない」
――美琴は楓太君をいつだって忘れられる、でも楓太君はいつまでも美琴を忘れられない、そんなの不公平よ。
悲しみと苦しみにまみれた飯田の言葉が、僕の頭をスッとよぎっていく。
「明日に続かない。私は時間に閉じ込められているの。時間の檻の中にいるのよ。これから先もずっと。でも、楓太は時間から自由になるの。ここにいてはいけないの」
美琴はそう叫ぶと、スケッチブックを一枚一枚破っていった。
「やめろっ」
「さようなら」
破り捨てられたスケッチブックの断片が海風にあおられ、朱に染まる空に舞う。美琴は僕を忘れたんじゃない。自らの意思で僕の記憶を捨てたんだ。
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