第2話:積み重ならない景色

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 呆然と立ち尽くす美琴の母親に頭を下げ、僕は踵を返した。 「颯太くん。ごめんなさい。きっと、すぐにはいろいろ思い出せないと思うの。明日には主治医の先生とも相談して……。きっと良くなるから……」 「ええ。もちろんです。きっと、大丈夫。お母さんも無理なさらないでください。では、失礼します」  僕の記憶がないという事は、少なくともこの一年間の記憶がないということ。 ――きっと大丈夫。  きっと……って、便利な言葉だな。 ★  主治医の説明によれば、事故により受けた精神的なストレスが、記憶と司る脳の機能に何らかの影響を与えているのだろうという話だった。画像検査でも、脳自体に大きな障害は見られないのだという。彼女の症状について、なんとなく歯切れの悪い説明が終わった後、僕は美琴の母親と共に、病室横の小さなカンファレンスルームを出た。 「美琴に会っていく?」  美琴の記憶は、ただ喪失しているだけではない。その現実から目をそらさないで、彼女と向き合えるかと言えば、正直なところ自信がない。結局、傷つくのが怖いのは自分自身なんだ。だから昨日、僕は急用を理由に美琴には会わなかった。 「これから先、僕のことを毎日忘れるのだとしても、僕は、美琴さんに会いに行きますよ」     
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