第2話:積み重ならない景色

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 言葉は感情と理性の境界で戸惑っていく。自分に素直に生きられるほど、世の中は単純でもないし、感情の波間を制御できるような冷静さを取り繕うこともまた難しい。  静かな病室のベッドの上で、窓の向こうに広がる微かな水平線を眺めながら、ゆっくりと僕を振り返った美琴は「キミは誰?」とつぶやいた。 「颯太くん。昨日も説明したでしょ? あなたの恋人で一年前から付き合ってるって」  彼女は一昨日と同じ質問を僕にする。それは明日になっても、明後日になっても繰り返されるのだろう。美琴はただ記憶を失っているだけじゃない。今日の景色を明日に引き継げないのだ。 「昨日……。昨日、私は何をしていたの? 」  彼女にとって、太陽は日々新しい。 「昨日は車椅子に乗って、病院の中庭を散策したのよ。波の音が聞きたいって美琴が言ったから」 「分からない……。よくわからない」  彼女は頭を抱えて、「昨日は……」と何度か呟くと、ついには「分からない」と叫び、暴れ出してしまった。物静かで、落ち着いた声しか聴いたことがなかった美琴からは、想像もできない姿に、頭が真っ白になる。 「落ち着け、美琴っ」     
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