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第1話:夕景に奪われる感情
緩い風が、白いレースのカーテンを跳ね除け、その隙間から西陽が差し込んでくる。茜色の病室で、美琴は白いベッドの上で眠ったままだ。あの事故以来、一度も目覚めていない。
風が緩むと、カーテンは窓に張り付き、部屋の茜が少しだけ陰る。光を失いつつあるこの部屋で、無意識にため息がこぼれ出てしまう。
「どうして……」
遠くない場所から聞こえてくるのは微かな波の音。それをかき消すかのように、ベッドの脇に置かれたモニターから断続的に鳴り響く電子音。それは美琴の鼓動と同期しながら、ただ空白の時を刻み続け、そして一か月が経ってしまった。
この病院は海辺の幹線道路に隣接している。だからこの病室にも、潮の香りが舞い込んでくる。僕は椅子に腰かけたまま、顔を上げて窓の外に視線を向けた。陽が沈みかけた空は色彩が濃い。
「颯太くん、まだいたのね」
そう言って病室に入ってきたのは美琴の母親だ。
「ええ」
「もう、今日は大丈夫よ。あとは私がついているから」
「はい……」
「大丈夫、時機に意識も戻るし、きっと心配ないわよ」
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