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ふと、デスクの端にある空のマグの淵が黒ずんでいるのが目についた。
地下何階にあたるかも分からない場所にあるこの研究室には、いつも決まった時間に上階にいる職員からコーヒーが送られてきた。金属の長いレーンに乗せて、暖かいマグはここまで潜り、メインデスク近くで薄ぼんやりと光っている小さな窓の反対側に到着する。それを取り出して、空のマグと交換すると、しばらくしてから去っていく。マグが走り去っていくのを休憩がわりに見守るのが、毎日15時のルーティンだった。
地下の研究室で勤務時間にさえ縛られずパソコンに向かっていると、時間感覚なんてものは無くなるから、その小窓の外が黄色くパッと光れば15時の合図だった。昼夜逆転してしまい、その時間に寝ていてしまっても、目覚まし時計の音を鳴らしてくれるほど律儀で時間に厳しいコーヒーマグだ。しかし小窓の外は暖かな黄色に光ってもなければ目覚ましのアラームも無く、いつもの控えめなバックライトさえなかった。停電でもしているのだろうか、そういえば空調の音もしていない気がする。
両手の中からこちらを向いている古びたデジタル時計は真っ暗で、今が何時なのかもさっぱり分からない。日付は案外変わっていないかもしれないし、普段かなり切り詰めているから何日も昏睡していたかもしれない。そもそも何時に寝たのかも知らない。今日は何月何日何曜日だ。
これは電池を貰いに行くのが一番効率が良さそうだ、日付も分かるし、空のマグもたまには自分で持って行って誠意と姿を見せないと、同じ職場の人間に顔ごと忘れられてしまってはさすがに不便だ。気乗りはしないが、一般職員の働くフロアまで出ることにした。白衣を比較的綺麗なものに着替えて、伸びてきた髪を括り、コンタクトに変えて、久しぶりに重い鉄の扉を開けた。
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