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項垂れたまま、これが悪夢でないなら真っ先に閃いたのは自殺だった。しかしどうやって。こんな汚いところで死ぬのは嫌だ。一度研究室に戻ろう、と改めて見るとヒビだらけの施設の壁に手をつきよろめきながら、割れた自動ドアを跨ごうとした。その瞬間、ザワ、と何年も肌を通して聞いていない大衆の蠢きが背中を撫でた。なんでだ。誰も生きていないのに。飛び抜ける子供の甲高い声さえリアルに聞こえる。しかしなんと言っているのか分からない。多分何も言っていない。笑い声も僕に向けられたものではない。幻聴だと分かっているのに、膨れ上がって背後から体を包み込もうとしてくる。久しぶりの嫌な感覚だった。吐き気が波のように押し寄せてくる。
睨みつけるように振り返った。誰もいるはずがない。途端に音は止んだ。夕陽が顔の真正面に見据えていた。
僕は差し出しかけた脚を止め、裏庭の道具倉庫の歪んだ戸を開けた。大きなシャベルを取り出し、また振り向いた。跡をついてきているかのように、コンパスで描いた光の円から赤が滲み続けている夕陽はいつも視界のど真ん中にある。
まず一番近くに転がっていた死体の傍から、穴を掘り始めた。
弔えとでもいうのか。馬鹿馬鹿しい。
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