彼を待つ部屋で

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風呂場から廊下に出るとオレンジ色の西日が差し込んでいた。「タケル?」とリビングに向かって彼を呼んでみるが返事はない。しんと静まり返った部屋独特の気圧が耳の奥をぽつぽつと刺激する。キッチンの流し台は珍しく綺麗に片付いており、食器カゴには洗った皿が整然と並んでいた。リビングにあるソファ代わりのベッドに横になり、彼の匂いを吸い込む。彼がいつも使っている柔軟剤の香りがした。まだ身体の調子も戻らないし、彼が帰るまで待っていよう。  先ほどまでオレンジ色だった夕日はいよいよ赤みを増し、白い壁を真っ赤に染めた。こうして一人で彼の帰りを待つのはとても淋しい。この部屋では時間の流れが異常に遅く感じた。私だけこの部屋ごと外界から切り取られて置き去りにされたような気持ちになる。本当はもう誰も戻らない部屋で何年も彼を待っているような。そして、段々と眠気が私の思考を支配し始めた。  穏やかな波音と月明かりが照らす夜の浜辺。 寄せては返す波のように私の体も揺れている。 彼と私は裸足のままワルツのステップを繰り返す。 1、2、3、1、2、3、1、2、3…。 頭上の星々も円を描きくるくると回っている。 次第に身体が軽くなり、このまま月まで飛んでいけそうな気分になる。 この夜がずっと続けばいい。
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