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しばらくすると女は調理を終え、「ふー」と息をつきながらリビングに入ってきた。緊張が高まりまた鼓動が速くなる。すると私の頭上がぎしっと音を立て、目の前に女の両足が置かれた。女はベッドの前のローテーブルからリモコンを取ってテレビをつけた。がやがやといろんな種類の笑い声がテレビから噴き出してくる。夕方のニュースも終わり19時からのバラエティ番組が始まっている時間なのだろう。その時、ガチャッと玄関の方で音がした。ついに彼が帰ってきたのだ。
「ただいまー。」
低く少しくぐもったようなその声は確かに彼だった。
「おかえりー。夕飯つくったよ。」
「へー、ありがと。」
ちゅっと二人がキスを交わす音が聴こえてきた。……もう死んでしまいたい。なぜ私がこんな目に遭わなければならないのか。まるで最初から私が存在していなかったかのよう。私は赤の他人の恋人たちの家に勝手に上がり込んで盗み聞きしているような気分だった。
すると、また私の頭の上でぎしっと大きな音が鳴った。彼もベッドに上がってきたのだ。
ちゅっ、ちゅっ。
ぎっ、ぎぎっ。
唇を吸い上げる音と微かに軋むベッドの音が私の耳から入って鼻と食道を通り、胸をザクザクと突き刺してくる。想像したくないのに、想像してしまう。
「ちょっと、夕飯食べないの?」
「あとにする。」
彼はリモコンでテレビを消すと、どすんとベッドに倒れこみ、お互いを愛撫する音が部屋中に響き渡った。
聞きたくない。ここにいたくない。
私は指で耳を塞ぎ、目をぎゅっとつむった。暗闇の中でゴォォォという音だけが聴こえる。私はまた夜の浜辺で彼とワルツを踊った夢を思い浮かべる。
1、2、3、1、2、3、1、2……ガタッ。
何かが私の前に落ちてきた音がして目を開けると、プラスチック製の写真立てだった。これは私と彼が競技ダンスの全国大会に出た時の写真が入れてあったものだ。二人に気づかれないようにそっと手に取って写真を見てみると……写っているのは私でなくあの女だった。そうだ、あの女だ。まるで走馬灯のように急激に記憶が蘇り胸が大きく震えた。
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