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 銀行には、「金」ではないものが置き去りにされていることがある。  朝8時、杉浦ハルミは設定していた目覚まし時計よりも早く目を覚ました。  7月1日、金曜日。メガバンク・文京銀行の最終面接の結果を伝える電話が、ハルミのスマホへ直接かかってくる予定なのだ。  日本の多くの企業が、新卒採用の選考を6月から本格化させるようになった。インターンが終わり、説明会やエントリーシートの受けつけが締め切られ、面接選考がスタートするのが6月1日。そこから選考が進められ、場合によっては二次、三次の面接が行われた後、およそひと月からふた月をかけて内定者に最終面接の結果が伝えられる。  その結果を7月1日に連絡する、とハルミは聞かされていた。内定ならば電話が、ダメならばメールがくる。この日のハルミは、大学は午後からだったため、朝から家のリビングでスマホを見つめたり、神妙な顔つきで祈るようなポーズをとったりとせわしない。  そんな落ち着かない様子を見かねた母親が「気分転換に散歩でもしてらっしゃい」と提案したことで、ひとまずハルミは家を出てみることにした。  梅雨も明け、空は夏特有の濃さを見せている。駅まで歩いてみるか、ちょっと遠いが遊歩道のある公園に向かってみるか、ルートをあれこれ頭に思い描いていたハルミだったが、スマホが着信音を鳴らして妄想が遮断される。  画面には、つい数日前に登録したばかりの、文京銀行の代表番号が表示されている。メールではなく電話。つまり、そういう電話なのか? 「はい、杉浦ハルミです!」  精一杯の元気で電話に出たハルミだったが、相手が話しはじめた内容が予想していたものとだいぶ違っていることに混乱した。 「……すいません、もう一度お願いできますか?」 「休眠口座、といいます。お取り引きがないまま5年がたった口座がございますので、杉浦さまの預金の権利が消滅する可能性があるんですよ」  電話口の銀行員は誠意をもって説明を続ける。よもや電話の相手が同じ銀行からの大切な連絡を待っている大学生とは知る由もない。  半ば上の空で話を聞くハルミは、「休眠口座」「消滅」などと、耳に入ってくる単語を無意味にオウム返しするのが精いっぱいであった。
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