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だからハルミは、あの時代を捨て去ることにした。たまたま近くにあった他の記憶も犠牲にしてしまったが、「必要のない記憶」と自分に言い聞かせることでいつしか思い出すことはなくなった。地元から引っ越して東京で暮らし始め、高校から大学へと進学した頃のことだ。
ハルミが大きなため息をつく。「都合よく、いっこだけ忘れることってできないもんだね」
「美術の授業で、なんでウサギを作ったのか覚えてる?」
言われてみるまでハルミも気にしたことがなかった。あるいはその記憶も一緒に消えていたのだろうか。確かに、好きな動物を粘土で作ろうという授業だった。モチーフにする動物は何でもよかったはずだ。ハルミはなぜウサギを選んだのか?
「ジュンくんがウサギを作るのを見たからだよ」
「えっ?」
「ハルミは何の動物にしようかずうっと悩んでたけど、私、見たんだ。ジュンくんに影響されてウサギを作り始めた」
ハルミはまったく覚えがなかった。ウサギを選んだ理由は必ず何かあったはずだが、そこにもジュンが関係していたとは。
「あのときからジュンくんを意識してたんじゃない?」
「あんたって」ハルミは、さきほどの居酒屋でナナがカズナリに言った言葉を真似てみた。「そういうどうでもいいことばっかり覚えてるよね」
二人は同じタイミングで笑い出した。
「でも、そういうどうでもいい思い出でできてるんだよ、ハルミも私も。いくら捨て去って本人が覚えてないとしても、心は忘れてない、みたいなね」
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