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ようやく来たエレベーターに乗り込んでからやっと、秋川が瀬田の腕を放した。
「慎一さん、あの・・・・」
言い掛けた瀬田の首へと、秋川の手が伸ばされる。
「経理部に来る前に、トイレ寄ってけよ。ネクタイ曲がってる」
「あ・・・・」
秋川は実際には瀬田の首には触れなかったが、瀬田は弾かれた様に退いた。勢い余ってエレベーターの壁に背中がつく。
そのあからさまな怯え様に、今、他の誰かが乗り込んできたら絶対に、セクハラをしているのはおれの方だと思われるな。と秋川は内心苦笑した。
「すみません」
小さな声で謝る瀬田へと、掛けるべき言葉が思い付かない秋川は、エレベーターが二階に着いてから、
「先に行ってる」
と言うのが精一杯だった。
自分とは時間差で、経理部へとやって来た瀬田へと空の経費の申請書を手渡す際に、秋川はチラリとその襟元を確かめた。
先程、ヨシトに乱された跡は今は全くなく、秋川は悪い白昼夢でも見たかのような気分に陥った。
「適当に書いて出せ。処理しないから」
そう、瀬田へと小声で言う。本来ならば、空の書類はデザイン部以下各部署に常備されているので、不自然極まりない行動だった。
人目の少ない、昼休み中で本当によかった。と秋川は思った。
「ありがとうございます」
殊勝にも頭を下げ、書類を押し頂く様に受け取った瀬田が戻って行った後の、午後の間中ずっと、秋川は考えたくもないギフトのことを考えていた。
そこには、アジフライ定食が割り込む余地はまるでなかった。
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