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秋川と瀬田とが住むこの集合住宅は楽器演奏が可能な物件などではなく、極めて一般的なのだったから、壁の造りが特に厚いわけではない。
しかし、瀬田の殺し切れない泣き声は低く小さなものだったので、隣に居る秋川の眠りを覚ますことはなかった。
こうして枕に顔を押し付け声を殺して泣くのは、秋川と恋人として付き合い始めてからは初めてのことだ。と瀬田はどこか他人事のように思う。
秋川とただの同居人、ルームメイトだった頃は一緒に居られるのに居られるが故に、そのうれしさとやるせなさとに、度たび涙したものだった。
自分でも大概センチメンタルだと思うが、そうでもしなければ秋川への想いが溢れて、秋川はもちろんのこと、自分までをも飲み込み、溺れさせてしまいそうで怖かった。
しかし、今流している涙はその時のとは違う。全く違う。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
瀬田は声には出さずに出せずに、叫ぶ。何度もなんども叫び続ける。
秋川が、自分のことを気に掛けてくれたことがうれしかった。
何があっても、自分の味方でいたい。とハッキリと口にして、声に出して言ってくれたことがうれしかった。
それなのに、そんな秋川へと答えられない。応えられない。
瀬田は泣いた。
うれしいと思うことをただただ手放しで、うれしいとは思えないことは、ただただ悲しかった。
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