その1

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 今超人気の一条晴輝に会えることに、特に緊張も興奮もない。しきりにうらやましがる課の誰かと、今からでも変わって欲しいぐらいだ。  はっきり言って、めんどくさい。かったるい。  今の仕事も、別に好きでやってるわけじゃない。真っ先に内定をくれた会社にした、それだけだ。有名企業に入りたいとか出世したいなんて思わないし、なにより就活を早く切り上げたかった。 「ずっと訊きたかったんですが、なんでうちに仕事依頼が来て、なんで俺なんですか」  エレベーターに先に課長を乗りこませて訊いてみた。 「一条晴輝のマネージャーとうちの社長が知りあいなんだそうだ。年が近い人を、っていうのが先方の指定でな」  年が近い人? そんなので選ばれちゃ、俺としては迷惑なんだけど。って言ったところで、これも仕事だ。割り切ってやらないとな。  エレベーターを降りると、すぐオフィスだった。オフィスの内部が丸見えにならないように置かれた大きなついたてに、「リアル ミュージック」という会社名のプレートと、一条晴輝のツアーポスター。  ツアーポスターには、この前テレビで見た、本当に楽しそうに輝く笑顔のアップ。その下のツアー日程をさっと目で追ってから、歩き出す。 「警備会社の方ですね、どうぞこちらへ」  俺達がついたての向こうに足を踏み入れるなり、机をかき分けるようにして俺達に近づいてきた、色白で小柄なジーンズ姿の女の人。この人が一条晴輝のマネージャーなんだろうか。  それにしても、なんて狭くて雑然とした部屋だろう。どの机の上もごちゃごちゃと物だらけだ。電話の音、声、OA機器の作動音、そういういろんな音のせいで、すべてがますます雑然として見える。  プロダクションのオフィスってどこもこうなのか、と俺はあきれた。 「一条晴輝のマネージャーの大石と申します。すみません、ツアーの準備でもうてんやわんやで」  謝られながら通されたのは、入り口からずっと左に進んだ窓際の隅を、パーテーションで仕切った空間。こじんまりした応接セットが置かれ、唯一このオフィス内で整然としている場所と言えそうだった。  そしてそこには、ぽつりと一条晴輝がいた。 「大石さん、俺についてくれる人が来たの?」  ソファに座り、膝に置いた白い紙を指でなぞっていた晴輝が、俺達の気配に顔を向けて微笑む。
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