一対

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 もう四十が見えて来た一人娘が、未だに妊娠しない。その気配すらない。そして、夫である男が、盆も正月も、顔すら見せに来ない。  父が生きているうちに、孫の顔を見ることが叶わなかった。きっと母は、病床の父に、真由美が妊娠したよ、孫ができるよと言える日を待ち望んでいたのだと思う。  なのに、その期待は虚しく破られた。  父は亡くなり、わたしは子を持たないまま今に至る。  おまけにこの秋、実家にとんぼ返りなどしてしまった。  母が一人で暮らす家は広すぎた。  子供の頃、近所の友達と遊びまわった裏庭に育ったキウイ。五年前に結婚して家を出た時に、父が植えた一対のキウイ。  覚えていた。  「実がなったら送ってやるからなあ」    嬉しそうに、得意そうにそう言って、軍手を真っ黒にして、キウイ棚をこしらえていた父。  なんでも思い立ったらすぐにやる人だった。園芸などしたこともなかったくせに、唐突に家庭菜園に目覚めて、そうだキウイなら丈夫だからできるだろうと言って、お店で買ってきた。  オスメス一つずつと言ったはずなのに、お店の人が間違えたのだろう。  超初心者の父に、お店の人の間違いを見抜けるわけもなく。  いくら立派に育っても、実をつけるはずのないキウイを、わたしはもう一度振り向いて眺めた。     
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