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<< 出逢いの園 >>
早速男は、ナイトクラブに予約を入れた。
男は胸をときめかせ、心も躍りながら銀座の夜の街に向かった。ネオン煌めく表通りの裏手にある雑居ビルの地下一階、奥まった通路の角で、その店は慎ましやかに開いていた。
店の入り口は、ホームページの写真で見た印象よりも、ややこじんまりとしている。小振りな水色の看板には、あの『クラブ・エテルナ』の文字が、確かに躍っていた。
「間違いないな? この店だ・・・・・・」
高鳴る胸の鼓動を必死に抑えながら、自身に問い掛け確かめていると。男の体は、すうーっと店の中に吸い込まれていた。
出迎えた黒服のボーイに予約の確認を取ると、早々に客席まで案内された。
店内の様子は意外にシンプルで、男が想像した煌びやな飾りつけとは違っていた。紅色のレザーのソファーに、透明なガラスのテーブルが並び、控えめなシャンデリアが天井を飾る。
昨年の暮れに閉店した老舗の高級店を、新装開店したという口コミ情報がある。二十世紀末のバブル経済期に栄えた繁盛店を控え目に造り変え、リーズナブルな価格設定にしているようだ。これも不景気な時代の要求に即応した結果なのだろう。
客席数はそれ程多くはないが、空席は見当たらず、なかなか盛況の様子である。
澱んだ空気を撹拌するように、華麗なるピアノの調べが、上品で穏やかに流れて来た。懐かしいリチャード・クレイダーマンの名曲、♪渚のアデリーヌ♪♪。
そのキラめくピアノの音色に誘われて、夢を探しに来た男の胸は、益々高鳴るのだった。
ナイトクラブなどという類は、田舎暮らしの男の人生では無縁の世界であった。
気も逸り席に着くや否や、餌を啄ばむ雛鳥のように、忙しく指名を取り付けた。
ところが、肝心のお目当ては、急に店を休んで居ないという。
男は、目の前が真っ暗になった。いきなり失恋でもしたかのようだ。その落胆ぶりときたら、それはそれは計り知れない。
男の心の中は、極限状態に達してしまった。
普段は、アルコール類などあまり口にしない質の男が、この時ばかりはブランデーからウオッカまで、強い酒を浴びるように呷った。
それはまさに、自棄酒だった。
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