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<< 運命の人 >>
腕時計の長い針は、ひと回りもしそうなほどの時を刻んでいた。待ちくたびれた男は、全身麻酔にでもかけられたような、心の麻痺を感じ始めた。
その時だ――――
うな垂れた男の頭上を、人影が過るのを感じた瞬間。男を取り巻く空間は、『柔い光』に包まれた。
それは雲の切れ間から差し込む「天使の梯子」と呼ばれる薄明光線のように、優しい光のベールであった。
「ゴメンナサーイ! お待たせ致しました・・・・・・」
突如、男の眼前に、白い天女が舞い降りた。
「・・・・・・はじめまして、トワです。よろしくお願い致します」
指名のホステスは、頭を深々と下げながら、男の左隣にすうーっと音も無く座った。
たなびく様なストレートロングの黒髪に、純白のノースリーブドレスを身に纏ったその優美な姿は、夜毎の夢に現われた白い天女。男が胸を焦がし続けた夢の天女そのものであった。
「先の常連さん、なかなか離してくださらなくて。ホーントごめんなさい!」
白いホステスは、頬を赤らめながら、男の手の甲にそっと掌を重ねてきた。
「いいえ・・・・・・」
楽園の女神に幻惑されたのか、男は言葉を喪失し、目のやり場すら見つからない。頭を横に小さく振るのが、精一杯だった。
「ずーっとお一人で、待っていて下さったなんて・・・・・・。トワ、とっても嬉しいわ!」
白いホステスは、優しく言葉を掛けると、男の横顔をじっと見つめた。
彼女の「とっても嬉しいわ!」の言葉は、分厚い雲に覆われていた男の心の曇天を、一瞬にして快晴にした。
しかし男は、白いホステスの視線を感じるのだが、照れくさいのか、彼女を直視することができないでいた。
「ホント! 会いたかったよ。トワさん。さっ、もっと傍に・・・・・・」
男は、ようやく言葉を取り戻した。
「はい! それでは失礼しますね」
白いホステスは、肩が触れ合う程にぴったりと寄り添うと、そっと男の手を取った。
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