<序 章> 運命は突然に

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   度重なる感染症パンデミックを乗り越えた人類は、昨年の暮れ、初の有人火星探査に成功した。そんな科学の時代に、『魂の入れ替わり』や『生まれ変わり』などという荒唐無稽な話を、本気で信じる人は稀だろう。僕自身も、元々そんな非科学的なものは信じない(たち)であった。 『運命』についてだって、『』の一つだと思う。幸運や天運、悪運や不運なども『』である。 「人の身の上に巡る幸・不幸を支配する、人間の意志を超越したはたらき」と辞書にも記されている。ましてや、などと言う不確定要素に使われている言葉が『』である。どうも僕には信じがたいというか、100%は信用できないものが『運命』なのだ。  ところで、この物語は、一人の女子学生が届けに来た。  汗まみれの武道着を着替えようと道場を出る時のこと。戸口のところに見知らぬ女子が立っていた。小柄でくりくりとした目の可憐な女子だった。  見知らぬ女子は、僕に駆け寄りにっこり微笑むと、唐突に一冊の日記帳を手渡してきた。突然女子から預かったと言っても、交換日記や恋文の(たぐい)ではないことを、予め弁明しておきたい。  表紙には、手書きの文字で『永久の日記』と書かれ、色褪せてくすんだ緑色の半透明カバーが掛けられていた。手に取ると英和辞典のように厚く、ずっしりとした重さを感じた。所々に紙を継ぎ足した痕もあり、何度も何度も書き足されたことが覗われる。  これはただの日記帳ではなさそうだ。曰くありげな匂いをぷんぷんさせていた。  この日記帳を届けに来たのは、同じ大学の絵画学科の女子学生で、担当教授から日記帳を預かり、ある男子学生に届けるようにと依頼されたという。    
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