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二人が注文したのは、スコッチの軽めの水割りと、ジントニックの二つだけ。このオーダーは、お互いの気持ちを確かめ合うためには適度な量で、酔いを深めることもない自然な選択だった。
今夜も男は、トワへの想いを熱く語り、そしてまた口説きはじめた。
「俺たち、やっと出会えた魂なんだ。前世の願いを叶えたい。・・・・・・一緒になろう」
「何度も言ってることよ、分かってぇ! 今のわたし、愛だの恋だのといった、お付き合いなど、出来ないわ! やり遂げたい夢もあるし・・・・・・」
トワは、男を諭すように優しく答えた。
「もしかして、本当は、旦那でも?」
「まさかぁ? そんな、おるわけないでしょ!」
トワは小さく笑うと、男の肩を軽く叩いた。
「それじゃー、田舎もんの俺なんかでは、駄目なのか?」
「いいえー、そんなこと無いわよ! あなたのこと、嫌じゃないわ・・・・・・」
「そっ、そうなの?」
男は少しにやけた。
「それどころか、あなたはとっても誠実で、優しくて、ステキな方。・・・・・・あたし、タイプよ!」
「そっそれ、本当かい?」
男は嬉しくなって彼女の手を取り、掌で薔薇の花びらを模るように柔らかく包んだ。
「・・・・・・でも、分かって、今は、誰とも、一緒には、なれないの」
トワは、男の手をゆっくりと解きながら囁いた。
「じゃー、一緒になれなくてもいい。試しでもいい。付き合ってみて、くれないか?」
男は、また彼女の手を取り握りしめた。
「何度も、何度も言うけど・・・・・・、分かってぇ! そのお付き合いをするような時間が・・・・・・。とても今は、取れないの・・・・・・。時間が!」
トワの言葉にも、力が篭もってきた。
「時間が?」
男が聞き返すと、トワは浅く俯きながら答えた。
「そう! そんな時間に、余裕がないのよ。どうしても・・・・・・」
「うーん。時間か? ・・・・・・ところで、トワの夢って?」
「・・・・・・」男の問い掛けに、トワは直ぐには答えなかった。
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