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男はこのあと、愛しいトワに一つの夢を語った。それは男の願い事でもあった。
「あと何年かかるか分からない。五年かかるか、十年かかるか。・・・・・・何年かかっても、必ずビッグになって・・・・・・。きっと、君を迎えに来る。そして、そのときが来たら、一緒に行って欲しい所がある。そこで絵画展を見てほしい。・・・・・・約束してくれ!」
「突然、約束って言われても。何のこと?・・・・・・」
唐突な話に、トワは首を傾げて困惑気味だ。
「・・・・・・まるでクイズみたいね? 行って欲しい所? 絵画展? 何か、ヒントでも、ちょうだいな?」
男は、公園の奥に広がる深緑の森に目を向けると。
「それは、あの奥の美術館でやっている、日本一の画家の作品展だよ」
男は大きな森を指差した。
「ああっ、森の奥にある大きな美術館ね?」
トワは、眩しげな目をして森を見上げた。
「その通り! その作品群の中に、最高傑作の絵が、飾られている。それは天女を描いた作品。まさに二十一世紀のモナリザだ。・・・・・・それを一緒に見て欲しい!」
「もしかして・・・・・・、今の、わたしたちの?」
トワは、男の隣にゆっくりと腰を下ろすと、その大きな瞳を細めた。
「そうだよ、今描いている、君の絵だ」
「この絵で、日本一になるのね?」
「そうさ! トワがモデルだから、きっと、傑作ができるよ!」
男は、トワのか細い肩をしっかりと抱き寄せた。
「まあ、ステキね! 絶対よ!!」
トワは、祈るように胸元で両手を組むと、まるで少女のように喜んだ。
「もちろんさ! 必ず成功してみせるから・・・・・・」
男は遠い青空を見上げた。
「はい!」
トワの顔から笑みが零れた。
この後二人はデッサンの続きに戻った。会話も忘れて男はひたすら筆を走らせた。
男にとって、愛しいトワの美しい姿を描くひと時は、地上のパラダイスから、天空のユートピアへと高まった。
その至福の時間は途絶えることなく、夕焼けの赤いベールに包まれるまで続くのだった。
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