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夢か幻か、未だに男は、幻想の世界をさまよっている。
事の全てが、白日夢の出来事だったのだろうか。
現実と呼ぶには、とても信じ難く、異次元の世界を象る。
夢と考えるには、余りにも長過ぎて、時空間をも超越する。
男の手には、愛しい女の温もりが。
その頬には、愛しい女の残り香が。
そして何よりも、男の掌が受け止めているぶ厚い日記帳の重みは、純然たる事実なのである。
事の始まりは、遡ることちょうど四年前。残暑も厳しいある夏の日だった。
薄暗い八畳和室にポツンと置かれた硬いベッドの上で、男は重たいまぶたをむき出した。
「痛い、痛い! 涙が痛い!」
頬を伝う冷え冷えの涙の跡を、男は手の甲で乱暴にぬぐい去る。
今朝も男は、昨日とまったく同じ悲しい夢の中にいた。
無精髭の隙間からヒーヒーと漏れる息苦しさが、鬱陶しくまとい付く。
そのうるさい自身の息に、目が覚めた。
男は夢から醒めるとき、まるで地獄の底から這い上がるような、重苦しさを感じた。
どうして、こんな奇妙な夢を見るのか。何故、いつもいつも同じ夢なのだ。これには、きっと何か理由があるはずだ。迷える男は、重たい頭を抱え思案に暮れた。
そしてある仮説に、ようやくたどり着く。
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