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出逢いから半月の時が経ち、冷たい夜風が身にしみる薄暗い月夜のこと、素浪人は一大決心をした。
さびれた遊郭の裏手にある外堀のほとりに、可憐な花を咲かせる小さな桜の木があった。その木の下で、三日月とそれに照らされた寄り添う二つの人影が、冷たい水面にぼんやりと映る。
遊女の宿に通いきれない素浪人は、人目を避けて今夜もこっそりと、無言の逢い引きをしていた。
暫らくすると、素浪人の言葉が静寂を破った。
「拙者と一緒に! こんなところは」
一息おいて、遊女が答えた。
「お前さん、そっ、それは、無茶というもの・・・・・・」
「無茶だって?」
「さようですよ。遊女には、この堀だって、生きては渡れぬ。それはそれは厳しい掟が・・・・・・」
遊女の白くか細い手を、両手でしっかりと握り締め、素浪人は訴えた。
「何が掟だ! このままじゃ、どうせ生ける屍。・・・・・・死ぬ覚悟で、逃げよう!」
「それを仰るなら、お前さん! いっそのこと、一緒に死んでおくれと・・・・・・」
素浪人の痩せたふところに身をゆだね、遊女はすすり泣いた。
最後の遊女の言葉は、寄り添う二人を静寂の嵐に飲み込むと、時の流れをも止めてしまった。
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