<第一章> 夢の出会い(1)男の夢

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   その夜更け、思い詰めた素浪人は、とうとう死をも覚悟で、無理やり女を連れ出し夜逃げをした。いわゆる、禁断の足抜けである。  最初は、追っ手を巧く振り切り、吉原を抜け出せたと思えたが、ひ弱な女の足では逃げ切れるはずもない。  逃亡の二人は、三本の川を無事に越えることはできたが。川幅がこれまでの倍以上もある四本目の大河に差し掛かったところで、とうとう追っ手に阻まれた。  そこは川風が冷たく身をさらう渡し場。船に乗り遅れた二人は、あっという間に追っ手の刃の餌食となった。  哀れな素浪人と遊女は、絶命する間際に身も心も融け合った。まるで一個体の生物にでもなったかのように、強くて固い抱擁だった。  二人は途切れ途切れの虫の息、最期の気力を振り絞り、震える血まみれの手に手を取って、来世でのめぐり逢いを誓い合った・・・・・・。 ☆☆☆ ******** ☆☆☆  夢は、ここで終わりを告げて、こぼれる涙に男は目を覚ました。  夢に出て来た『寒さが身にしみる渡し場』とは、江戸川を越えるためにあった渡船場で、現在の『矢切の渡し』跡に違いない。  そこを無事に渡り切れば、江戸を脱出することができた。そして、追っ手から逃れて、生き延びる望みもある最後の砦だった。  愛の逃避行がもう直ぐ叶うという、ゴール寸前のところで、不憫な魂の愛は、儚く散ったのだ。          * * * * * * *      image=512152629.jpg   
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