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<第一章> 夢の出会い(2)夢の天女
それから三日後のこと――――
逸る恋心を制御できなくなった男は、クラブ・エテルナにまた予約を入れた。
有楽町駅から店に向かう道中、焼けたアスファルトの熱気が残る黄昏の数寄屋橋交差点に差し掛かると、男のこめかみからは汗が滴り落ちていた。暑さのせいもあるだろうが、それ以上に激しい胸の高鳴りは、体中の体温を上げていた。
男が信号待ちをしていると、いつのまにか、汗だけではない熱い液体が頬を伝わるのを感じた。まだ見ぬ夢の天女に、男の熱い想いは、絶頂に達した証しである。
頬を伝う冷めた液体を、手の甲で乱暴に拭い去り、男は店の入り口に立った。
水色を基調にした控えめな看板を確認していると、そこに出迎えたのは小太りな一人の男だった。
「いらっしゃいませ! お待ちしておりました。・・・・・・今日は、居りますよ!」
小太りな男は、やや無表情の顔に低く篭った声だが、どこか心のこもった優しい響きが、じんわりと男の心に沁み込んだ。
その優しい声の主は、普段ならば店の奥で控えている筈の店長だった。
先日の男が、酷く気を落としていたのが分かったのだろう。見るにみかねた店長が気を遣ってくれたに違いない。
店長の一言は、男にとって、まるで守り神の御言葉に聴こえた。
ようやく出逢いが叶うのだ。男は、天にも昇る気分であった。そして雲の上でも歩くように、ゆったりとした足どりで客席へ向かった。
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