<第一章> 夢の出会い(3)契約の恋人

1/8
89人が本棚に入れています
本棚に追加
/172ページ

<第一章> 夢の出会い(3)契約の恋人

  男は諦めるはずもなかった―――― 『諦め』などという文字は、男の心の辞書にはもはや存在しない。  白い天女とは運命の出逢いなのだ。男は夢の出逢いを信じた。毎週のように、恋しいトワのいるクラブ・エテルナに通い詰めたのだった。  男は、会う度にトワを口説いた。  しかし彼女からの返事は、決まっていつも『今は無理!』の一言だった。  トワには、追いつづけている大きな夢があった。その実現のために、すべてを犠牲にして、辛い仕事にも耐えていた。『愛だの、恋だの』そんな男と女の話など、すべてを絶つ決意をして、その思いは岩塊の如く堅かった。  昼間は、自ら経営するエステサロンのエステティシャンとして、夜はクラブ・エテルナにと。トワは休む間もなく必死で働いた。  そんな堅い決意で閉ざされたトワの心には、男一人の想いなど、入り込む隙間は、微塵もなかった。   店に通い始めて三週目のこと――――  この日のトワは、アフターの誘いに初めて応じてくれた。クラブを離れた二人は、彼女の馴染みの店だという近くのパブに立ち寄った。  路地裏の奥まった隠れ家で、周囲は大都会の真ん中にしては、何とも似つかわしくない場所だった。霞がかった沼地のように、ぼんやりと浮かぶ不思議な空間は、妖気を感じる程である。  店に入ると、そこは慎ましやかな佇まいの古びたカウンターバーの小店だった。 長いカウンターテーブルの一番奥の席に、二人は隣り合わせに肩を寄せ合った。  ログハウスを思わせるウッディな店内は、山小屋のカンデラ風の暗めの照明に、ジャズのオールドナンバーが、優しく包んでいた。  懐かしい ♪Take Five♪♪の変拍子のリズムが、大人の空間を醸し出している。そのシックで穏やかな雰囲気は、男と女の艶話(つやばなし)をするには最適だった。    
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!