0人が本棚に入れています
本棚に追加
部屋にはもともと小さなクロゼットがひとつ置かれていた。白木のそれは不動産屋によると昔の住人が置いていったものらしい。引っ越して一週間ほど経った頃、コンビニに行こうと金を財布から出してジーンズのポケットに入れている時、百円玉を一つ落としてしまった。床を転がった百円玉はクロゼットの裏に入り込んでしまったが、壁の隙間が狭くて手が入らない。仕方がなくクロゼットをずらしてみると、壁に何かがあるのに気が付いた。今度は横にずらしてみる。そこには一メートル四方の小さな木の扉があった。押入れだろうか? それにしては小さいしどうしてこんなところにあるのか。俺はそっと扉の取っ手を引っ張って開けてみた。奥行きは二メートルくらいだろうか。何も入ってはいなかったが手を突っ込んでみると冷蔵庫の中のように冷たい。長い間閉じ込められていた空気に気分が悪くなり、扉を押して閉めた。ただの押し入れだ。でも何か心に引っかかるもの
があった。はっと気が付いてアパートの外に出た。アパートの側面の壁には出っ張りは何もない。俺の部屋は一番端なのだ。だとしたら、あの押入れのスペースは何処に向って突き出しているのだろうか?
部屋に戻り、押入れの空間を見つめていると黒光りしたゴキブリが一匹、中に這っていくのが見えた。虫は苦手なので思わず扉を閉めてしまった。しばらくは中でかさかさという音が聞こえていたが、やがて何も聞こえなくなった。ゆっくりと扉を開けてみるとそこにはやはりゴキブリがいた、が、まったく動かない。ボールペンでこわごわ突いてみると何だか妙に柔らかい。引き摺るように外に出してみるとそれは駄菓子屋で売っているようなゴムで出来たゴキブリの玩具だった。これはどういうことだ。さっきまで、こいつは生きたゴキブリじゃなかったか? それにここには何も入っていなかったはずだが。
まさか……いや、ひょっとしたら。馬鹿馬鹿しいが試してみる価値はあるかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!