プロローグ

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私の一日は、カラコンの色選びから始まる。 やっぱり春と言えばグリーンだ。 コンタクトをケースから取り出すと、プルプルのレンズの中で緑の瞳が揺れる。 指先に乗るこの異様な物体は、今から私の目に張り付ついて、私のカラーを変える。 もちろん瞳孔の部分はクリアだから、写るものの色なんて変わる訳ないけど、朝選んでつけた色が私の視覚を変えるのは確かだ。 グレーなんてつけると、私のちっぽけな1Kの城が、もっと埃だらけに見えて、今すぐにでも引っ越したくなってしまう。 洗面台の鏡を覗くと、そこに立っているのは日本人じゃなくなった、かと言って海外セレブのガラス玉とも違う瞳をした、無国籍の私だった。 所詮カラコン如きではミランダ・カーにはなれないけど、それでも自分じゃなくなる気がするから、私は網膜を痛めようとも、生活費を削ろうとも装着し続ける。 ビーズクッションの上に胡坐をかき、発色が過激なナーズのアイシャドウを中指で瞼に塗りつけていると、ジャマイカの国旗がはためいて海に落ちるような、南国な着信音が鳴り響いた。 肩を揺らして、片手を上げて、良く分かりもしない英語の歌詞に合わせて歌を口ずさんでいると、サビに差し掛かる手前で鳴り止んだので、一気にしらけた。 「気分良くノッてたのになあ」 指紋だらけの手鏡を、まつ毛に付きそうな位近づけて、アイシャドウのグラデーション具合を四方八方からチェックする。 鏡の動きを目で追い回していると、また陽気な黒人がスピーカーの中で騒ぎだした。 手元の鞄をさぐり、不快な振動をやっと捕まえる。 「ナコ? 一回で出てよね。二限、間に合わなそうだからさ、私の分も出席用紙貰っといて」 なんだチヒロか。チヒロの不機嫌な声のせいで、電波と私の鼓膜がぐしゃりとひしゃげた。 ジャマイカな気分が一気に削がれて、私はたたみ掛けるように「はいはいはい」と返事をした。 通話終了を連打すると、チヒロはあっと言う間にスマホの中から出ていく。 待受画面のウィンクをしたマドンナに私もウィンクをし返して、ロックもせずにスマホを鞄の中に放り投げた。 壊れたらいいのに。意外と乱暴に扱ってもしぶとい。
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