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それから私は、夫がいないときその手紙を読み返し、自分の心の傷を抉った。
ときにはその手紙を前に何時間もぼんやりと座っていたり、またあるときには涙を落としたりした。
それでも夫の前では気丈に振る舞い、夫婦仲は少しずつ好転していった。やがて女の影は消え、私たちの離婚問題はうやむやになった。
しかし、私たちの間にはあの手紙が存在している。その存在を、私だけが知っている。
取り出す頻度は減っていたが、私はときどきその手紙を取り出して眺めた。そして、その日はふさぎ込んで過ごす。夫に聞かれても、
「何でもないの、ちょっと嫌なことを思い出して」
とだけ言った。
その手紙の隠し場所を、私はたびたび変えた。TVボードの引出しに、私の下着を入れたタンスの奥に、キッチンの戸棚に、リビングに置いた雑誌の間に。
そして私は想像する。
その手紙を夫が見つけたとき、私に何て言うのだろう。
出掛けるとき、車を運転しているとき、もし事故に遭って私が命を落としたら、夫はあの手紙を見つけるだろうか。そして私の今までの行動が夫の中で繋がったとき、夫は何を思うだろう。
その瞬間、私はきっと彼の中で「妻」――それも「自分が裏切り、傷付けてしまった妻」という特別な記号をもった存在になれる。
そう考えるとぞくぞくした。身体が喜びで満ちあふれるようだった。私はもう、その瞬間のためだけに生きていると言ってもいいくらいだった。
そして私は、その手紙の最終的な隠し場所を結婚式のフォトブックに決めた。この手紙に込められた怨念が、この幸せを切り取った瞬間で浄化されるように、と願いながら。
今となっては、その手紙を作ったのが自分だとは思えなかった。本当にどこかの誰かが私を傷付けるためだけに送ってきた謎の手紙。
私は今日も手紙を取り出して眺める。そして、涙を堪えるように、少し上を向いた。
この瞬間がたまらない。
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