第1話・脚本

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○モスクワ・市街地 すでに季節は秋であり、人々の服装は厚手だ。 胴着から着替えた制と開が商店街を見てまわっている。 ジャガイモ、チーズ、黒パンなどなど……をじっくり観察する制と、ついていく開。  制 「で、日本からは何て言ってきてる?」  開 「来年の春には戻って来いって……デパートを開業するらしい」  制 「デパート? 呉服屋、畳むのか?」  開 「どこもそうしてるらしい。人手が足りなくなるから店員として雇うって」  制 「徳川の時代は遠くなりにけり……か。面白いかもしれないぞ、やってみたら」  開 「…………」  制 「ま、あと半年ある。それまでこの国……ロシアの風に吹かれるがいいや、若旦那」  開 「(小声で)あんたも若旦那だよ」  制 「どこかこの国で行ってみたい場所はないのかい?」  開 「東京と違って広すぎる……」  制 「俺はいろいろ見てきたぞぉ。流氷を割ってざっぱーんと飛び撥ねる巨大な鯨、吉原の花魁の着物を夜空一面に広げたようなオーロラ、口をがっと大きく開いて火を噴き、シベリアの大森林を全焼させた巨大タヌキ……」  開 「最後の嘘だろ」  制 「そうだ……あそこは行ったことがあるのか? エルミタージュ美術館」  開 「エルミタージュ?」  制 「そう、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館。ロシアのお妃様が集めた西洋の絵が集めてあってだな、そりゃもう、すごいの何のって、こう、どーん! だーん! ででーん! って」  開 「急に日本語忘れたな」  制 「……この国もきな臭い事件がいろいろ起きてる。一度日本に戻ったら二度と来れないかもしれない。よく目に焼き付けておいた方がいい」  開 「えっ……」 ――と、制と開の間を、ハンチング帽をかぶった男が割って入る。青年、制のバッグを奪いダッシュ。 制・開「あっ!」 追いかける制と開。 2人、男を追って路地を曲がる――と、制が突然足を止める。  開 「えっ」 5歳ぐらいの男の子が倒れている。 制、その子に駆け寄り、声をかける。  開 「兄ちゃん!」 制、男の子の身体を調べる。  制 「下痢の症状はなし……体温も平常……良かった、コレラじゃない」  開 「泥棒は――」  制 「開! たぶん栄養失調だ! 連れてくぞ!」 制、開に男の子の下半身を持つよう促す。  開 「…………」 開、黙って制の言うとおりに従う。
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