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「八十七」
みなが信じる「教え」の多くは、神の残した言葉に由来していた。むかし、解読が可能な保存状態で一冊の書物が発見された。それを隅々まで模写しものは丁重に管理され、そこに記された英知は現時に至るまで長らく承継されてきた。それも、いまや読むことのかなう知者もおらず、口伝で教えは繋げられている。
「次っ」
先日、こっそりと寺院に忍びこんださいのことである。僕はその貴重な覆製を目にした。やはり、中身を見てもさっぱりだったが、「定価:本体650円(税別)」と裏に記さていたことは、しかと記憶にとどめた。
「八十八」
僕が推測するに、あの文字列は暗号のような気がした。他の文字とは一線を画する多種の文字、いや記号のようなものが含まれているあたりが、僕の感性をを刺激した。その左のほうにあった、ずらっと横に並ぶ垂直線も何かしらを暗示しているのやも。
「次っ」
「あっ……」
先頭の誰かが声を上げた。角にでも足を引っかけたようだったが、すっと姿は消えた。
無事、彼は、終わったようだ。
「八十九」
思っていたとおり、誰も迷うことはない。この町に生まれた時点で、みなは教えを当然のものとしてきた。まっすぐ進んだ先にあるのは、落下ではない。これは、頂上へと昇る行為なのだ。
「次っ」
頂上の世界は美しく、災害も飢饉もないとされている。
「九十」
(……早いな)
みな、教えを信じて疑わない。
「次っ」
(……ちょっとは躊躇え)
唯一、確実な躊躇いがあるとすれば僕だけだろう。
「九十一」
僕は、町の外でじじいに育てられた。幼かったために記憶はないが、僕とじじいはどこぞの集落の生き残りだったらしい。焼けた集落から追われ、数名で移住の地を探したらしいが、よもや残ったのは老人と幼子だけだったという。
「次っ」
じじいが死んだのは、僕が九歳(と思われる)のときだった。じじいの言うことは適当かつ曖昧で、正確な年齢など定かではない。
「九十二」
居所は山林で、木の実や小さな獣を食料としていた。川には魚がいたし、ひとりが生きるには困らない場所だった。
「次っ」
あのときの僕は安易に考えていたのだ。蒙昧ゆえの浅慮だったと言えよう。
「九十三」
足を挫いたのだ。たかだかそれだけのことで僕は無力となった。
「次っ」
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