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何もできない僕は、じじいのこしらえた山小屋(のようなもの)にひとりでいた。あっという間に食料は尽き、どうにか外に出て獲物を求めたが、うまくはいかないかった。それまで気にとめることもなかった勾配や茂みに阻まれ、ようやく山暮らしの厳しさを理解した。
「九十四」
そんなときだった。偶然にも、強運にも、僕は拾われた。食料を求めた町の人間が、はじめて、離れた山間部に踏み入ったのだった。
「次っ」
僕は、町の存在を知った。じじい以外の人間を知った。そして、町の民となった。
――自分の番が近づき、あれ、と思う。
「九十五」
町での暮らしは新鮮だった。が、楽しいものとはほど遠かった。唯一の身内とともに培ってきた知識なり価値観。その偏向を矯正される日々だったからだ。かといって、個別に教育されたわけではない。すなわち、それは言動の否定、人格の否定――こう言えば、ああ返ってくる――である。それは鋭利で、ときに鈍感な言葉だった。
「次っ」
町の物珍しいばかりの生き物の中に、ひときわ色の白いひとりの少女がいた。彼女は僕同様に、迫害の視線と声を浴びていた。それがラナだった。
「九十六」
綺麗な瞳の、綺麗な髪色の、綺麗な顔立ちの、そして美しい白皙の彼女は、周囲の誰とも、それらすべてが異なった。なぜ、区別されるのか? 痛みを知る僕は、考えるまでもなく把握できた。
「次っ」
己と異なる。それゆえに他者を否定する。すなわち、己を否定されないための――しないための――己の肯定。
「九十七」
同じ匂いを感じ取り、そして、同じく居場所を追いやられて、ラナと僕は自然と近づいた。気弱で無口な彼女に、最初は戸惑いもした。また彼女も、まだ愚昧で粗野だったあのころの僕に、どう接していいかわからなかったのではないだろうか。
けれども、互いが惹かれることに、さして時間はかからなかった。
「次っ」
その声が近くなる――終わりは近い。
前には、ふたりだけ。僕は、予定の変更を決意した。
「九十八」
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