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第三話
「……あんたが、間宮のエンゲか」
声がしたので顔を上げた。
向かいの部屋の前に、白いランニングシャツにズボンをはいたスラリと背の高い男が、ニヤニヤ笑いながら立っていた。
「あほやなぁ。突然話しかけようから、この娘さんびっくりしとうで」
男の後ろから、白いブラウスにスカート姿の女が顔を出した。
「エンゲってな、婚約者のことやで。英語のengageから来とうやろうけど、イギリス流の海軍ではそう云うねん」
彼女はそう説明した。
目鼻立ちのはっきりした美人だ。歳は姉と同じくらいだろうか。
「これからお風呂行くの。うちもやねん。ここの温泉、ええお湯やで。案内したるわ。一緒に行こ」
彼女は風呂の用意を抱えていた。
「ほんならおれは、あいつをおちょくりに行ってきたろ」
彼の方は、うちが今出てきた襖を豪快に開けて、中へ入って行った。
「びっくりさせてごめんやで」
彼女は首をすくめて云った。
「あんなんやけど、間宮中尉の海軍兵学校時代の同期で、神谷 稔中尉っていうて、今は艦爆の相棒やねん。よろしゅう頼むわ。ほんで、うちはあの人の婚約者で武藤 薫子っていうのん」
「カンバク?……あっ、佐伯 廣子です。こちらこそよろしくお願いします」
うちの家系は軍とは無関係で、応召で陸軍に取られた大叔父が日露戦争で戦死したくらいしか関わりがないため、専門用語は全くわからない。
「一緒の飛行機に乗って闘う運命共同体や。せやから、うちらも仲良うなって一緒に銃後を守らなあかんなぁ」
彼女はそう云って明るく笑った。
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