第一話

1/6
前へ
/47ページ
次へ

第一話

朝湯を浴びて部屋へ戻ってきたが、婚約者の佐伯(さえき) 廣子(ひろこ)はまだ戻っていなかった。 風呂の道具をその辺に置く。 仲居が御膳の支度をすでに整えてあった。 湯上りなので、一升瓶の酒と(ちまた)では手に入りづらくなった麦酒(ビール)を所望していた。 座蒲団に腰を下ろし、麦酒の瓶の栓を抜いていたら、(ふすま)が勢いよく開いて、わしと同じ浴衣姿の神谷(かみたに) (みのる)が入ってきた。 朝食は四人で喰おうと約束してあった。 「あぁ、腹減った」  神谷はそう云って、わしの対面にどかっと腰を下ろした。 「……間宮(まみや)、貴様のエンゲもまだ風呂か。うちもや。女の風呂は(なご)うて困る」 「エンゲ」とは婚約者のことだ。 英国式の大日本帝国海軍では、英語のengageに(ちな)んでそう呼ぶ。 神谷は海軍兵学校時代からの腐れ縁で、今は敵の航空母艦などを直接攻撃する艦上爆撃機の相方だ。 わしが前方で操縦を担当し、奴が後方で機銃を握る。 戦場では一蓮托生の、わしにとって最も気の置けない相棒だ。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

943人が本棚に入れています
本棚に追加