943人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話
朝湯を浴びて部屋へ戻ってきたが、婚約者の佐伯 廣子はまだ戻っていなかった。
風呂の道具をその辺に置く。
仲居が御膳の支度をすでに整えてあった。
湯上りなので、一升瓶の酒と巷では手に入りづらくなった麦酒を所望していた。
座蒲団に腰を下ろし、麦酒の瓶の栓を抜いていたら、襖が勢いよく開いて、わしと同じ浴衣姿の神谷 稔が入ってきた。
朝食は四人で喰おうと約束してあった。
「あぁ、腹減った」
神谷はそう云って、わしの対面にどかっと腰を下ろした。
「……間宮、貴様のエンゲもまだ風呂か。うちもや。女の風呂は長うて困る」
「エンゲ」とは婚約者のことだ。
英国式の大日本帝国海軍では、英語のengageに因んでそう呼ぶ。
神谷は海軍兵学校時代からの腐れ縁で、今は敵の航空母艦などを直接攻撃する艦上爆撃機の相方だ。
わしが前方で操縦を担当し、奴が後方で機銃を握る。
戦場では一蓮托生の、わしにとって最も気の置けない相棒だ。
最初のコメントを投稿しよう!