第五話

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「こいこい」の結果は、神谷の薫子(エンゲ)の一人勝ちだった。 生真面目な廣子がいる手前、金を賭けてなくて本当によかった。 先の大戦景気で急成長した神戸の貿易商の一人娘である薫子(ゆきこ)は、別に金が入ってこなくても「勝てた」ことだけで大満足し、さっきまでの仏頂面は鳴りを潜め、華やかな笑顔が戻ってきた。 逆に、実家は播磨の大地主だが五人兄弟の末っ子で三男坊の神谷は、別に自分が勝ったわけでもないのに、金を賭けてなかったことを歯ぎしりして口惜しがった。 すっかり上機嫌になった薫子は、中食(ちゅうじき)のときも廣子にいろいろと話しかけ、廣子もそれに応じてよく笑っていた。 その後、旅館周辺を散策するから一緒に行かないか、と誘われたが、同じ機に乗る一心同体の相棒とは云え、休暇まで足並みを揃える義理はない。 わしはこの貴重な三日間の賜暇(ほうか)を、廣子と二人きりで過ごしたいのだ。 他の連中が帰省するのにわしは帰らず、廣子の父に偽りを書いてまでここに呼んだのは、そのためだ。 神谷までもが帰省せずに薫子(エンゲ)を呼ぶ、と云ったのは想定外だったが……
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