退職願 180901

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 ちくしょおおおおおおおおおお。  鞄が草むらに飛んで行った。黒い牛革の鞄。プラダの鞄。その中には、退職願の封筒が入っていた。鞄を全力で投げた。草むらに投げ入れた。どうにでもなれと。もうどうにでもなれと。しかし。そんなことをしても変わらない。わかっていた。よくわかっていた。変わらない。変わらないのだ。泣こう。こういう時は。泣こう。そう思ったが、涙は出てこなかった。泣くってどういうことだったか。考えてみた。一番最近泣いたのは。思い出してみた。思い出せなった。もしかして俺は。泣いたことなんて無かったんじゃないか。今まで泣いたことなんて。だから俺は。知らないんじゃないか。泣き方を。そんなふうにさえ思えてきた。  意識が朦朧としてきた。飲み過ぎだ。わかっている。でもいいじゃないか。飲み過ぎたって。上等だ。こんな日くらい。ごろんと。仰向けになった。土の上。背中が冷たい。土が冷たい。気持ちいい。下弦の月が浮かんでいる。  無念じゃ。  言ってみる。戦国武将か。そうかもしれん。もし戦国武将なら、ここで切腹だ。命はここまでだ。それもいいかもしれん。生きて、死ぬ。下弦の月が雲に隠れようとしていた。暗くなった。目が閉じられた。  生きて、死ぬ。  人生。  俺の人生。 END
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