1回目 ずっとまえ

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1回目 ずっとまえ

 波の鳴る音を覚えている。僕らは人間とか、無脊椎動物とか、バージェス動物群とか、熱水噴出孔なんかのもっとずっと向こう側の、いろんないのちの生まれる、ずうっと前の宇宙にいた。まだそこは色も温度も感触もなくて、ただ燦々と名前の付けられていない煌めきのしじまを泳いでいた。僕とお前は声も身振りも目も使わずに、だけどどこかの意識が合致して、僕らはくるくると混ざっていったのを覚えている。  だけど僕はお前が嫌いだった。お前は僕よりも幾分かその波間にたゆたう星の粒が多くて、なんだかとても羨ましかったのだ。だけど僕らは、ずっとずっと宇宙の波に浚われながら同じ空間を共有した。僕とお前の境界がとろりと曖昧になって、眠気に似た同一化が起きても、ずっとずっと同じ空間を共有した。羨望だっただろうか。憐憫のような気もする。ともかく、きっと人間の言葉では表せない、あのいきもの(、、、、)だけの感情が僕とお前をどうしてだか結合させた。  だけど僕はお前が嫌いだった。お前は僕よりも幾分か老いるのが早かった。お前のきらきらした屑が、ぽろぽろとお前から落っこちていくのを僕はじっと見ていることしかできなかったのだから。それは明確な苛立ちだった。僕とお前はずっとずっと同じ空間を共有していたというのに、僕とお前は全く別のいきものだったと知らされたような心地がしたからだ。お前はいつもみたいにこくりと頷いたような風を見せて崩れていった。ぽろぽろ、きらきら、ぽろぽろ、お前だったすべての粒と塵が、お前ではない真っ暗闇に落っこちていくのを僕はじっと見ていることしかできなかった。綺麗な景色だった。本当に綺麗だった。だからこそお前が嫌いだった。  ほんとうに、ほんとうに嫌いだった。嫌いだったお前のことを嫌いながら僕も崩れていった。お前よりも少ないきらきらを零しながら、いつかのお前よりも小さく角の取れてしまった僕は、きらきら、ぽろぽろ、壊れていった。ああ、宇宙から消えてしまうこの瞬間まで、お前のことを考えているのだ。ほんとうに、ほんとうに嫌いなんだ。
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