第一章 不公平な現実

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僕は引き戸に手をかけようとした、その時だった。 『おかえりなさい』 戸が開いたかと思うと、睡蓮園長が僕を睨むように立ち尽くしていた。 『・・・ただいま』 『服がボロボロじゃない・・・。その傷はどうしたの?』 園長は心配そうな表情で僕の頭を撫でながら顔を覗き込む。 『・・・別に』 僕がそう話すと、園長は軽いため息をついた。 『また、別になのね。相変わらず何も話してくれないのね』 『・・・』 『もう、分かったわ。もうすぐ、夕食だからお風呂に入ってきて。一人で入れる?』 『お風呂くらい一人で入れる。もう、十一歳だ』 『・・・そう、じゃ早く入ってきて』 少し呆れたようにため息をつく園長に見送られながら風呂場に向かった。途中、年少組の小さい子達に好奇な目で見られながら。 心配しているのかそれとも僕に呆れているのか。どっちにしろどうでもいい。 風呂場に入ると、そこには誰も居なかった。他のグループは大体、夕食後に入浴する。いつも夕食前に風呂に入るのは僕くらいなので、風呂に入る時はいつも一人。僕は一人で風呂に入るこの時間が一番好きだった。心が落ち着くからだ。 『・・・痛っ!』 身体中、傷だらけで洗う度に滲みたが、僕はなんとか泥を洗い流し広い浴槽に身体を預けた。お湯に混じって、大きな柚子がいっぱい浮いている。今日は柚子湯のようだ。 『・・・ふぅ』 ようやく一人になれた。僕は心から安堵した。この広い風呂場を見て、ようやく落ち着いた気がする。 この施設はそこそこ歴史があるらしく、僕にはよく分からないが、他人に自慢出来るような物が数多くあるらしい。この風呂場もその一つだ。 六畳程の広さに、木材で出来た浴槽。毎日、日替わりで替わるお湯はまあ立派かもしれない。 『心配してたのかな・・・』 口からそんなセリフがこぼれ落ちる。どうでもいいが今日の園長のあの表情、思い出すたびに心が何だかモヤモヤした。そんな気持ちをかき消そうと、湯船の中に身を沈める。 睡蓮園長。彼女は小さい頃からずっとここで暮らしていて、一番の古株だ。本名も正確な年齢は誰も知らない。噂では一流企業の職を蹴って、この施設の職員の道を選んだらしい。 ここの園児達、他の先生にも皆に慕われている。園長にとって、僕は問題児らしくいつも気にかけている。 「ピンポーン」 遠くの方でチャイムが鳴った。どうやら夕食らしい。 『・・・ハァ』 この施設のルールで、夕食には必ず全員揃って食べなければならない。もう少し入っていたいが、早く行かないとまた文句を言われる。 僕は深いため息をつくと、風呂場を後にした。
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