第一章 不公平な現実

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           2 夕食の途中、それは起こった。 『はい、皆さん注目!私からお話があります』 睡蓮園長が突然席を立ったかと思うと、いきなり話を切り出した。 『来週、秋山亮一君がこの施設を去ることになりました。寂しいですが、みなさん笑顔で送り出しましょう』 園長の演説と共に辺りから拍手が巻き起こる。僕は、またなのかと思いながら目の前の料理を口に運ぶ。 何ヵ月かに一回、ここでは誰かのお別れ会がある。この施設では僕を含めて全員親無しだが、時々養子に欲しいと引き取って行く人が現れる。 それで、両方が合意した場合はこうやって、お別れ会を開いた後にその子は引き取り先の両親と幸せに暮らすのだ。 それが本当に幸せなのかは分からないが、他の皆は優しい両親に巡り合いたいと、毎日必死に祈りを捧げる。ちなみに僕は引き取られても幸せとは思えない。何故なら、引き取っていく新しい両親が捨てていった両親と違う答えを出すとは限らないからだ。 皆が祝福をしている横で僕はため息をついた。うるさいから自分の部屋に帰ろう。そう思って箸を置き、立ち上がった時だった。 『どこへ行くの?まだ途中でしょ?』 睡蓮園長が僕の足を止めた。園長は真っ直ぐ僕の目を見つめる。 『自分の部屋に帰る前に一言あるんじゃない?』 『・・・』 周りを見回すと、そこにいる全員が僕を見ていた。どうやら、一言を待っているようだ。本当に面倒くさい。第一、こいつとはそんなに話したことはない。 『・・・おめでとう。新しい地でも頑張って』 僕はそれだけ言うと、足早に自分の部屋に戻ろうとした。 『ありがとう・・・』 秋山と呼ばれた少年は軽い笑みを浮かべ、一言だけそう呟いた。 『ああ・・・』 それだけしか言えなかった。周りを見回すと、全員僕を見つめていた。何が言いたいのか大体分かる。居づらくなったので、さっさと自分の部屋に帰ろう。 僕は自分の個室に戻ると、自分のベッドに横になり、さっきの事を考えていた。 あの場合はどうすれば良かったのだろうか。というより、何故園長はあの場で引き止めた? 普段の僕は施設の中でも友達を作らずに、周りと一定の距離を保ち、常に孤立している。しかし、それを寂しいと思った事はない。 物心ついた頃からそうして生きてきた僕に園長はずっと不安そうな顔を向けてきた。周囲との距離を少しでも縮める為の園長の粋なはからい、というやつなのだろうか? 余計なお世話だと思う。小さい頃から、園長は僕にやたら構ってくる。しかし、僕にとっては子供扱いされてるようで気に入らない。 顔を見るたびに僕に文句言うし、正直園長のことはあまり好きじゃない。 『ちょっといいかしら?』 ドアを叩く音が聞こえた。この声は園長だ。どうやら、僕にまた説教したいらしい。僕は渋々ドアを開けた。 『・・・なに?』 『忘れ物よ』 そう言って園長は僕の財布を取り出してきた。あの時、施設の年長組の一人に取られた財布だ。そう、あのピアス男の。 『あ、それ・・・』 『中身も無事よ』 僕はなんだか急に恥ずかしさを感じた。思わず、何を言ったらいいのか分からなくなる位に。 『あの・・・』 『何も言わなくていいわ。相手にも何も言わなかった。ただ、これだけは言わせて』 園長は僕の財布をポケットに入れると、僕の目を見つめて言った。 『私はいつでもあなたの味方よ。例え、あなたが私を嫌いでもね。これからもずっとよ』 『・・・』 『それと、さっきの挨拶は不器用なりに良かったと思うわ。あなたは他人と関わるのを嫌がるかもしれないけど、もっと他人と関わるべきなの。それを忘れないで』 園長はそう言って僕の頭を撫でた後、部屋を出ていった。結局、何が言いたかったのだろうか?他人に関わるべき? 園長が僕に何を伝えたかったのか、正直言って、いまいち僕には分からなかった。 しかし、園長の言葉は僕の真っ白な空っぽの心に少し色を付けたような気がした。
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