始まり

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その日矢野楓は政友会という暴力団の 末端組織のチンピラをずっと追いかけ回していた。 以前から顔見知りでたまに情報をくれるのだが 今日に限って全く相手にしてくれない。 楓はマル暴らしからぬ風貌で 大きな瞳はいつもうるうると輝き 背も小さく華奢な体躯はチンピラ連中の中でも 楓ちゃん。と若干バカにした呼称で 呼ばれるくらいである。 「待って・・・待って下さい。。」 楓はチンピラを追って オーセンティックなバーへと入っていった。 金子というそのチンピラは 楓がついてくるのを目に留めチッと舌打ちをし 「楓ちゃん。その話俺知らないから。」と言って 店の奥へと歩を進める。 「で・・でも。前に柏木組で薬扱ってる 奴がって・・」 「言ってない。俺言ってないから。知らない。」 金子は顔を青くし 「いいから帰れよ。今から俺兄貴と 待ち合わせなんだから。」 と本気で怒り始める。 でも・・でも・・と 楓は結局金子の兄弟分が座る席まで ついていってしまった。 「誰が・・とかじゃなくていいので。 どこに行けばその関連の話を 聞けるかだけでも・・」 ガシャン! 金子は目の前のコップを叩きつけ 「知らねえって言ってんだろうが!」と 拳を振り上げた。 あ。。殴られる。。。 刑事のくせにまったく腕に覚えのない楓は 一瞬にして諦めた。 聞き込み中に怒られて殴られるのは 珍しい事ではない。 ボコボコにされて同じマル暴の 坂田先輩に助けてもらった事もある。 刑事としては未熟で何の役にも 立っている気がしないが 歩き回り聞き込みをし尾行をし ずっと張り付くことは苦ではなく  その役割だけはしっかりやろうと心に決めていた。 一人でも薬で死んでいく人を無くしたい。 出来ることは少ないがその出来ることは 一生懸命やりたい。 ひゅっと風を切る音がし 自分の頬に痛みが走るのを今か今かと 目をつぶって待っていると その衝撃はいつまでたっても訪れなかった。
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