ドリフト・ワーカー

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ドリフト・ワーカー

 宇宙空間に音は届かない。  振動を伝える術がないからだ。  ぎり、と金属を掴まえる雑音を耳に入れながら、どこかで聞いた話の断片を右から左に流す。  今聞いている音は、かき集められた諸々のデータを元に再現されたサンプル音だ。  作業者にわざわざ聞かせるのは、効率を上げるためだとか、精神衛生上の問題だとか、そんな話らしい。効果のほどは知らないが。 「二番ゲートだ」 「一個ずつの方がいいんすよね?」 「当たり前だ、A+だぞ」  へいへい。ゆるい返事を落として、先に掴まえたのと反対側の端にも手を伸ばす。  脳波で直接操作するアームの性能は、年々向上している。雑音を鳴らしても……すなわち作業以外のあれこれを考えていても、ノイズを自動的にキャンセルしてくれるのだ。  どちらかと言えば作業に入る前の、例えば物を掴めであるとか、これが操作に関する命令を出した時の脳波ですよ、というやつを登録する方が手間だった。 「慎重にな」 「何年やってると思ってんすか」 「高木。何年やっても、お前はいつもうるさすぎるんだ。集中しろ」 「してるつもり、なんすけどね」  キャンセルがかかる前の脳波。すなわち生のデータが、管制室には波形そのままでばれている。  静かな宇宙空間にいるはずなのに、うるさいと怒られてばかりだし、耳障りな金属音ばかり聞かされているのはどういうわけだ。  どうせ偽物のサンプルであるなら、ボックスを掴んだ時の音も変えてくれないものか。  例えば、猫が甘えた声で鳴いてくれるのはどうだ。それか、愛しの彼女が切なげに呼び掛けてくれるとか。
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