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伊織は子どもが好きだった。
小学生から高校生まで、将来の夢は『保育士になる』だった。しかし、伊織には致命的な欠陥があったのだ。
それは、感情の起伏が少なく、表情がほとんど変わらないということだ。
笑顔を作る練習も続けていたが、どうしても不自然になってしまう。
学生ボランティアで保育園に行ったときには、必死で作った笑顔を怖がられ、園児たちを恐怖に陥れた。それが進路を変更するきっかけとなった。
フレ・フレに入社したのも、せめて子どもを笑顔にするおもちゃ作りに関わりたいと考えたからだ。
フレ・フレでは企画デザイン部に所属し、おもちゃの企画から設計までをおこなっている。
仕事にはやりがいを感じているが、会社の仕組みや人間関係にはあまり興味がなかった。この仕事ができるなら、フレ・フレでなくても良かったのだ。
伊織は、ひとつでも多く、子どもたちを笑顔にできるおもちゃを作れれば、それで満足だった。
伊織は、顧客サービス部から上がる情報だけでなく、自分の目で子どもたちの動向を観察しておもちゃ作りに生かすようにしていた。幸い、伊織の家は公園に隣接しており、部屋から公園内を観察するのに適していた。
休日には部屋からかなり長い時間公園を眺めている。
しかし、公園まで足を運ぶことはほとんどない。保育園で子どもたちに怯えられたトラウマがぬぐえないのだ。
ある日、伊織はベビーカーを押して公園を歩く一人の女性の姿に目を止めた。親子連れが公園にいること自体は珍しくはない。だがそれは、日曜日の朝6時前という時間でなければだ。ベビーカーの中の赤ん坊は泣き声を上げ、女性は困った顔でベビーカーを揺らしていた。
その日から、度々その女性を見かけるようになった。一度気になりはじめるとやけに目に留まる。早朝の公園、休日の公園、伊織はその女性を見つけるたびに、そっと様子を窺うようになった。
女性は伊織と同じ三十歳くらいに見えた。赤ん坊が生まれてから、美容院にも行っていないのかもしれない。伸びてしまった髪を乱暴に後ろにひっつめている。子育てに慣れていないからか、見るたびに疲れの色が濃くなっていくのが心配だった。
女性は、まだ多くが眠りについている早朝の公園にいることが多かった。そして、休日にはほぼ一日中公園にいることもある。
とても赤ん坊にとって良い環境とは思えなかったが、伊織には女性に声をかける勇気はなかった。
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