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「やっぱり!」
洋子はイスを倒して立ち上がった。その音に驚き、唯が泣き声を上げる。
だが、伊織は表情を変えず、唯のそばに行き、唯を抱き上げてなだめた。そして、静かな口調で話しの続きをする。
「馬鹿にして笑っているんじゃありません。洋子さんがウチに来てくれたのがうれしくて笑ってました。3人で過ごす時間が楽しくて笑ってました。唯ちゃんが私に笑顔を見せてくれるのがうれしい。元気な泣き声を上げるのもうれしい。洋子さんが唯ちゃんをあやす姿を見られるのがうれしい」
一気に話して、伊織は少し息を付く。
「私は、あまり表情が変わらないから分からないかもしれないけど、洋子さんと唯ちゃんがウチに来た日は、いつも心の中は笑っていました」
洋子はただ黙って伊織の言葉を聞く。
「だから、離婚したって聞いて私はうれしい。ずっとウチにいてほしいって思ってたから」
洋子は、伊織の言葉にどう反応してよいか分からず、戸惑っているようだった。
「でも、分かっています。洋子さんは男性を好きになるんですよね。同性の私のことなんて、そんな風に考えたことなんてないでしょう?」
洋子は返事をしない。
「でも、私も、洋子さんと会うまで、こんな風に考えるなんて思ってもみませんでした。だから、期限を決めませんか?」
「期限?」
「今ここを出ても、洋子さんは生活していけないでしょう?だから、唯ちゃんが3歳になって保育園に預けられるようになるまで、というのはどうですか?」
洋子はいぶかし気な顔をしている。
「唯ちゃんが保育園に通えるようになれば、洋子さんも働くことができるでしょう?だから、取り敢えずは、唯ちゃんが3歳になるまでここにいてください」
「どうしてそこまでしてくれるんですか」
洋子は信じられないといった顔で問う。
「洋子さんと唯ちゃんを好きになったからです。だから、私は、唯ちゃんが3歳になるまでに、洋子さんに好きになってもらえるように頑張ります」
「唯が3歳になって、私たちが出て行ってもいいんですか」
「そういう約束ですから。でも、出て行きたくないと思わせてみせますから、大丈夫です」
無表情な伊織の顔には、自信と覚悟があふれていた。
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