96人が本棚に入れています
本棚に追加
囮り馬を操る足軽が馬首を返して帰ってきた。
「不思議といたって無事ね。足軽さんone more! 」
足軽は、「one more! 」の言葉の意味は分からなかったが、雰囲気(ふんいき)で感じとって囮り馬をまた駆け出した。
漆黒の巨馬が迫る。再びカケルがタテガミを掴んで飛び乗る。
「アラッ!? 」
カケルが先程、同様に飛び乗ろうとすると、漆黒の巨馬は、膝を折り身を屈(かが)めてカケルを右から左に交わした。
バサリッ!
カケルは大の字に倒れた。倒れたカケルの目の前が真っ黒になったかと思うと、ドスンッ! とカケル目掛けて、丸太棒(まるたんぼう)のような漆黒の巨馬の前足が粉々に頭を砕かんばかりに下ろされた。
「お前、やさしいんだな? 」
カケルは逃げなかった。左近の体がそう言わせるのか、恐怖はこれっぽっちもなくまるで恋人にでも話かけるように素直にそう言った。
キリツ! 漆黒の巨馬は、カケルの口説きをたしなめるように今度こそ頭を砕かんと左足をカケル目掛けて叩きつけた。
カケルは身を捻ってヒョイッ! とかわした。
「おいおい、そりゃないぜ。お前と俺は今日出会ったばかりだ。イキナリ別れるなんておりゃあイヤだぜ」
と、カケルは漆黒の巨馬へ恋人へむけるような笑みをおくった。
漆黒の巨馬も、この人間は、今まで出会った自分たちを捕らえようとする人間とは少し違うと面食らったようだ。
「よし、わかった。俺はお前が惚れてくれるまでここで口説きつづけるよ。もういいよ足軽さん、囮り馬は逃がしてやってくれ」
そう言うとカケルは、その場にドスンッ!と腰を下ろした。
「まったく、嶋左近殿はかわったお人だ」
足軽は囮り馬を降り、股に刺した小刀を引き抜くと、尻を叩き放馬した。
漆黒の巨馬は、仲間の帰還を見定めると、やがて、馬軍を連れて霧の中へ消えていった。
カケルへ駆け寄った足軽が、
「左近殿、いくらなんでも女を口説くように馬を口説くって、そりゃあんたムリだぜ」
「そうかな、俺はアイツをここで待ってみるよ」
最初のコメントを投稿しよう!