96人が本棚に入れています
本棚に追加
そう言うとカケルは、足軽へ飲み物と食い物を明日からここへ持って来るよう指示して返した。
――明くる日。
カケルは、漆黒の巨馬との約束どおり、朝靄(あさもや)の諏訪湖半で待っていた。それは、今か、今かと、恋人の到着を待つように、手酌に飲み物と、腹が減ったらかっ食らう餅を用意して、もちろん、漆黒の巨馬をもてなす編み籠(かご)に入ったニンジンも用意している。
「アイツ、今日は来ねえかな? 」
カケルは待った。……1日、2日、3日、4日……。およそ、1週間ほど待っただろうか。
その日は、いつもの霧が晴れた。
「ヒヒーンッ! 」
諏訪湖半でいつものように大の字になって眠っていると、馬のいななきが近づいて来た。
「オヤッ!? 」
カケルの目の前が真っ黒になった。
ドスンッ!
カケルは身を捻って交わした。
「お前、恋人を殺す気か! 」
そう言ってカケルは、眠っている自分の頭を砕かんと右足を振り落とした漆黒の巨馬に微笑(ほほえ)んだ。
漆黒の巨馬は、カケルと旧交(きゅうこう)を深める親友(しんゆう)のようになにごともなかったように籠のニンジンを喰らっている。
「それウマイだろ、お前のために陽が上がる前に畑で採れたニンジンを毎朝運ばせているんだ」
そう言ってカケルは漆黒の巨馬に近づいて、ニンジンを手渡しに差し出した。
ブルん!
漆黒の巨馬は、俺に餌付(えず)けとは何事か! とカケルを前足で蹴飛ばした。
転がったカケルは、ヒョイッ! と飛び起きて、姿勢を正して、
「すまぬ、漆黒の巨馬よ。俺の馬になってくれ! 」
と、頭を下げた。
漆黒の巨馬は、血走った眼光をカケルへ向けている。
「俺はお前に一目惚れなんだ。どうだ、ダメかい? 」
カケルは、人なっつこい笑みを送った。
最初のコメントを投稿しよう!